あじさいロードのその先は@菱浦

JUGEMテーマ:地域/ローカル

 

 

菱浦港フェリーターミナルを出てすぐの、マリンポートホテル前の坂道脇にガクアジサイが咲く季節になりました。


ガクアジサイの花びらに見える部分、実はこれ装飾花と呼ばれる、萼(ガク)の変化したものであることはご存知でしょうか?
あぁ、だから萼(ガク)アジサイか〜、とそれを知ったときに思ったのですが、そうではなくて。
本当の花はこれ↓

 

花の周りを囲む装飾花の部分が額縁に見えることから「額アジサイ」と呼ばれているそうです。
二重の引っ掛け問題ですね (´- `*)

 

手まりのように丸い形のアジサイが一般的にはよく知られていると思いますけど、そっちはガクアジサイを品種改良したものだということです。

 

さて、受け売りウンチクはこの辺にして、この『菱浦あじさいロード』(勝手に名づけました。地元でも呼ばないし観光ガイドにも載ってませんので念のため)

歩いていくとマリンポートホテル海士の玄関口に続きます。


民宿、旅館、研修宿泊施設などはありますが、ホテルとしては町内にここ一軒だけなので地元ではフルネームでは呼ばず単にホテルと呼びます。
立て看板もこのように。

 

平成4年に建設が計画され、平成6年に竣工した第三セクター経営のマリンポートホテル海士。
当時の海士町の一般会計予算が年間38億円で、ホテル建設が2ヵ年で15億円使うということで議会や住民からの批判が相当あったそうです。

日本中で離島ブームというのが巻き起こって、カニ族と呼ばれたバックパッカーたちが隠岐にもどっと訪れたのが昭和40年代、西暦では1970年代のこと。
そのブームも去ったかなり後のことですから、「なしぇそげなホテルが必要か!」と、そりゃぁ反対もされるでしょうね (´Д`ι)

 

そのマリンポートホテルの初代支配人に就任(社長は当時の海士町長)したのが、本土からUターンして戻ったばかりの山内道雄氏でした。
ご存知でしょうか?
海士町が赤字債権団体になるのを避けるため、自らの給与の50%をカット(役場管理職および自主的に申し出た一般職員、議会議員についてもそれぞれの割合で給与カット)をはじめとした思い切った行財政計画を打ち出し次々と実行、マスコミでも度々取りあげられた前海士町長です。

そしてこのホテル建設事業の責任者として任命されたのが、なんと後に山内町長が誕生して退任するまでの4期16年間、副町長として苦労をともにして務め上げた、当時の庶務課長S氏なのです。

 

山内氏はホテル支配人を退任したあと海士町議会に立候補して当選。

平成14年に町長に就任してからは、観光客だけではなく全国各地域から海士町の取り組みについて視察に訪れる個人や団体が急増し、今も常にほぼ満室状態です。

 

写真(上)ホテルロビーからの眺め

写真(下)ホテルから遊歩道で続くレインボービーチ


そして今年平成30年。
建設して24年経ったマリンポートホテル海士に、またもや大きな予算をかける『ホテルの魅力化事業』がスタートしました。

マリンポートホテル建設後、心配された経営状態も安定し、他の隠岐3島にもホテル建設が波及しました。
隠岐と本土との交流、隠岐への人の流れを未来へとつないでいくためには、痛みを伴う大きな決断も必要なんだと、あらためて考えさせられる今日この頃です。

コメント